小豆のはなし

小豆のはなし

如水庵のお菓子を語る上で欠かせない材料である「小豆」。

まずはその歴史から見てみましょう。​

原産地は東アジアと考えられているが、日本では古くから親しまれ、縄文遺跡から発掘されているほか、古事記にもその記述がある。滋賀県の粟津(あわづ)湖底(こてい)遺跡(紀元前4000年頃)や登呂遺跡(弥生時代、紀元1世紀頃)などから出土しており、古代から各地で栽培されていたと考えられる。

そんな太古の昔からこの国に存在していたことに驚きます。

農業百科事典成形図説よりアズキのイラスト

アズキは、古くから食用以外の用途​としても用いられてきたようです。

お手玉のなかの材料、枕の詰め物、楽器の材料(竹籠と小豆を組み合わせて波の音を表したり、紙の上に落として大粒の雨の降る音を表したりする)などがあります。

また、「粥占い」という占いの材料のひとつとしても用いられ、日本各地の神社に今も伝わっているそうです。このアズキを用いた「粥占い」なるものに興味をそそられ調べてみると、基本的には、その年の農作物の出来を占うものですが、それぞれの地域によって、名称や占い方にも違いがあるようです。

京都府亀岡市の出雲大神宮では、粥占「よねうら」と呼びます。毎年1月15日に行われる小正月の祭で、小豆を混ぜた米を3本の竹筒(「早生(わせ)」、「中生(なかて)」、「晩生(おくて)」を表す)に入れ、それを一緒の釜で炊き、筒に入った小豆が少なく、米が詰まっているほど豊作とする。

大阪府東大阪市の枚岡神社では、毎年1月11日に行われる。境内で小豆粥を炊く際の竈の火の中に12本の占木を入れ、その焼け具合で各月の天候を占う。粥の中には53本の占竹(竹筒)を束にして入れ、竹筒に入った粥の量で農作物の豊凶を占う。これを粥占「かゆうら」と呼ぶ。

長野県下諏訪町の諏訪大社でも粥占「かゆうら」と呼び、 1月14日夜から大釜の小豆粥の中に、(よし)でつくった筒をいれ、終夜煮たて、翌15日朝、神前にそなえた後、筒を割り、筒内の粥の分量を量って農作物の豊凶を判定する。

知れば知るほど、アズキは古くより米と同様、人々にとって特別なものだったことがよくわかります。

現代でも、アズキの赤い色には魔除けの効果があると信じられており、おめでたい日に赤飯を炊いたり、災いや病気を避ける厄払いの食べ物としてお盆やお彼岸におはぎやぼたもちをつくって先祖に御供えするなど、その思いはかたちを変えて今も受け継がれています。

「アズキ」といっても様々な品種がありますが、日本産の小豆の品種は、次の3つに分類されます。その名称にも日本の文化が表れています。

①大納言 (大粒種)

直径5.8ミリメートル基準でふるいにかけられる。大きく色が濃い品種は尾張国が名産だったことから、尾張大納言にちなんでこの名称で呼ばれている。また、煮たときに皮が破れにくく、いわゆる「腹切れ」が生じにくいため、切腹の習慣がない公卿の官位から名付けられたという説や、豆の形が烏帽子に似ているからという説もある。

如水庵のお菓子では、「王者ぼたもち」に丹波大納言、「天王光」・「もなか黒田五十二萬石」にアカネ大納言色薄という品種が使われています。

天王光
もなか五十二萬石

②中納言 (普通小豆(しょうず)

大納言よりも小ぶりであることから、中納言と呼ばれるようになったと思われる。「エリモ小豆」がこれに当てはまる。エリモ小豆の開発は、日本の国産小豆の収穫量増に多大な貢献をしたといわれている。

如水庵では、主に、漉し餡のお菓子に使われています。

③白小豆 

一般的に栽培が難しいと言われ、希少で高価。赤小豆とはまた違った独特のさっぱりした風味が特徴。

如水庵のお菓子では、夏の棹菓子「河原撫子」に使われています。

自然の恵みである農作物は、美味しいお菓子づくりには欠かせない材料です。

農作物の持つ歴史を知ることで、そこに関わった人々のこころにもふれることができます。

如水庵は、これからもお菓子を通じて、農作物の魅力・農作物を育てる人々の魅力を伝える担い手でありたいと思います。